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会員投稿コラム

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2010/9/16
10周年記念誌(野依フォーラム 10年の軌跡)を掲載しました
巻頭言
知を統合してイノベーションへ
理化学研究所 野依 良治

幼い日に化学技術者への道を夢みながら、実際には長く大学人として人生を過ごしました。その後、縁あって公的研究開発法人に勤めることになりました。加えて、我が国の高等教育、学術、科学技術の振興政策にも関わり、その間の想いや経験を踏まえて、卓越した科学技術、産業技術こそが天然資源に乏しい我が国の生命線と信じるようになりました。しかし、中核的人材の枯渇が心配です。私は戦後の復興を経て「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた時代を経験しましたが、もはや当時の教育システムは通用しません。圧倒的な技術開発のためには、世界水準の人材を育成、確保するとともに、彼らが縦横に活躍する土壌をつくらねばならない。さもなくば国際競争力も国際協調力も持ち得ません。我が国の研究社会にその覚悟が必要だと考えています。
世紀のはざまの2000年に「野依フォーラム」が設立されました。大寺純蔵事務局長、志ある化学企業の指導者の方々、私の友人学者たちの尽力によるものです。当時、日本の企業研究者や技術者は社内に囲い込まれて能力を開放的に発揮できない状況におかれ、結果的に会社間の研究活動は「つながり」が決定的に欠けていました。フォーラム設立目的の一つは産産連携による化学産業界の研究活動の活性化であり、もう一つは海外プログラムなどを通じた国際的存在感のある産業研究者の育成でした。目標達成がままならぬうちに早くも10年の歳月が過ぎました。
そして世界は百年に一度の経済危機に遭遇し、またアジア諸国の急速な発展の圧力を受けながら、産業界はオープン・イノベーションの方向に著しく加速されています。我が国は自らの特色と背景を踏まえた上で、この状況に対応すべく社会総がかりで戦略的NIES (national innovation eco-system)をつくり、さらにGIES (global innovation eco-system) に参画しなければなりません。
イノベーションの主体はもちろん産業界です。社会的ないし経済的価値を創造するイノベーションは選択の結果であり、決して偶然の結果ではありません。しかし、基礎科学にもとづくイノベーションへの道は峻厳たるものです。科学研究の本性である「不確実性」や研究を支える公的資金ゆえの「公開性」「中立性」と、イノベーションに不可欠な「目標管理」「知的財産権保護」さらに「私的な資金調達」など異質な両者を整合させる道筋は示されていません。いずれにしても入口側と出口側はともに閉鎖的な自前主義を排し、開放的にあらゆる可能性を探らなければなりません。私は、イノベーションを担う人材は、国際化とともに産学官の異質の研究者や技術者の「交配」(cross-breeding, cross-fertilization)によってはじめて生まれると考えます。単なる連携では不十分であり、交配によってはじめて、新しい価値観と技術をもつハイブリッドが生まれると信じるからです。国内にとじこもる専門家のクローン増殖だけでは世界に通じるイノベーションは生まれません。
 ゲーテの言葉に「知るだけでは不十分、知の活用が必要である。意志だけでは不十分、実行が必要である」があります。基礎科学分野の個人の「ひらめき」を社会的価値創出につなげるためには、さまざまな取り組みが必要です。科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、社会価値創造(Innovation)の順に社会性が増大します。まず従来のS→T→E→Iの一方向の線型モデルは実効性に乏しく、これらのクラスター化が不可欠です。Sのひらめきといえども、EやIを目指す活動から生まれることも多い。逆に産業活動や医療のIにかかわる人たちもSの想いに敬意を払うべきです。これらの機能的統合を促進する機構が不可欠です。外国の製造業においては、研究開発は全要素生産(TFP)成長率に大きく寄与し、大学等からの情報を重要視する企業ほど値が高いとされています。一方、我が国の企業経営者たちは、大学、公的機関の研究成果を評価せず、それを肯定する現場の研究者、技術者との間に認識の大きな乖離があることは極めて残念です(隅藏康一、齋藤裕美、平成20年度TEPIA知的財産学術研究助成報告書)。加えて、多くの大学が時代の要請に背をむけ、旧態依然たる価値観で、分野別教育研究を続け、教員たちの多くが自己完結型研究に終始することを懸念しています。
あらゆる科学の統合だけでなく、教育、産業経済、公共社会、行政も、そして老若男女、あらゆる世代、また国際社会とのかかわりが大切です。情報伝達はグローバルなITシステムで格段に迅速化されたことを銘記すべきです。いずれにしても、正当な国家観と世界観に立脚した想像力豊かなアンブレラ型の包括的戦略と適切なプラットフォームが必要になります。社会が物財の所有願望から、生き方の満足度を求めてハードからソフト、サービスへ移る中、従来のものづくり産業だけでは不十分、我が国の基盤を支える化学産業もこの点を十分認識すべきです。
 世界中で人材、資源、情報が国境を越え迅速にいきかうGIESの中で、我が国はたくましく、しなやかに生きる以外に存続し得ません。激動する環境の中で「野依フォーラム」の活動がその一助となることを祈ってやみません。


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